世のくだらない炎上事件から学んだ人種差別の対処法

2019年2月9日土曜日

Netherlands 海外生活



人種差別で深刻に悩んでいたわたし


以前より人種差別があまり気にならない生き方してる人って達観しているのか、あまり人種差別の経験が無い人かどちらかだと思って生きてきました。
前者のほうに関しては一体全体どうしてそんなに達観した見方ができるのか謎で仕方がありませんでした。しかし、うまく対応している人もいるもので、個人的にはそういった方々を非常に尊敬しておりました。ええなあ…。

私はというと、人種差別を受けると差別者が思った通りの反応か短気すぎてそれ以上の反応をしてしまい、逆にさらに傷つくという悪循環が続き精神的に疲れておりました。大人げないです。
特にどの国とはいいませんけど、現在わたしの暮らしている国では人種差別が酷く、私は日々疲弊しており、年末には心のなかでは国を変えるということを前提に新年から生活していくということを決断していました。それである程度は楽になったのですが、つい先日思わぬところで私も達観の域に入りました。
きっかけは私の精神的休憩場所、YouTubeのなかで巻き起こったくだらないイジメ炎上事件でした。

YouTubeイジメ炎上事件から学んだこと


炎上事件について

私は普段まったくといっていいほど20代前半以下のYouTubeチャンネルを見ません。
意味不明だからです。いや、馬鹿にしているんじゃなくて、言葉がもうよくわからないのです。しかしながらYouTubeに張り付いていると嫌でも知ってしまったイジメ炎上事件がありました。内容としては所属事務所内でいじめられたと主張する20代女子がイジメを行った側の似たような年齢層の集団の情報を色々な手段でオンライン上に散蒔きつつ、復讐するというもので、まあ、典型的中学生の揉め事でした。私はいじめられた側もいじめた人々も全く知らないのですが、あまりに炎上しているのでそういう事件があるということだけ知りました。正直すごくどうでもいい、くらだらない話題だと思っていました。

いじめられた子のネガティブパワーと自己正当化がなんとなく人種差別者に似ている

さて、ところでこのいじめられた側の人って知名度もイマひとつなのにここまで炎上するほどモノゴトを大きく広げる能力だけはあってですね。有名なヒカルやへきトラハウスなんかも動かしたりして、いじめた側を懲らしめる怨念パワーから生成された行動力が恐ろしいんです。わたしが正しいはずという根底にある考えを既成事実化する行動力とも言えるかもしれません。
この子を見ていて、あれ、こういう小さな出来事に対して大きく反応する人ってどこかで見た事があるな、この前役所で出会った人種差別職員にそっくりだな…と何故だかふと思い出し、色々考えてしまったのです。

両者の具体的類似点

彼らの類似点は簡単にいうと反応が子供じみているということなんですが、具体的にみてみると、小さなことでも嫌な気分になれば相手へこれでもか、という程にコテンパンにしてやりたいと思う社会への、そして攻撃相手への影響、インパクトへの考慮に欠けた無責任な行動と言えるのではないでしょうか。さらに攻撃する側がこの行為のなかで自分を正当化する手続きを行っているということも看過できないと思います。西洋では人種差別はいけないと教育されているので、人種差別的な行為をするときにはよほどの正当性を持っているという事は考えられるかもしれません。特に知名人が、人種差別的発言をして批判されたときに自分は人種差別者ではないと弁明する人はかなり多いのですが、それはもはや典型的とも言える人種差別”あるある”で、自分の考えや行動が人種差別ではないんだという歪んだ正当性を信じているように思います。最近では整理整頓の達人、こんまりさんがアメリカで英語を話さないことを批判したアメリカの有名作家が批判されたときに一貫して自分がどれだけ寛容なのかを説いていたのが記憶に残っています。
両者の明確な違いといえば人種差別は攻撃してきた相手にやり返すという行為ではないこと。
人種差別者が攻撃に出るときは、はもちろん相手を傷つける意図が少なからずあるわけですが、今回の炎上のいじめられた子も結局相手の個人情報をネットで晒すなどやり返しの度をすぎており、相手痛めつけようという意図がみえた点で攻撃的な意図は似ているのかなと思いました。

人種差別もだいたいくだらない

最初に述べた通り、私はこれを見てああくだらない。と若干イラッとしたわけですが、同じ反応を人種差別をやる側に言えるのではないかと思ったのです。
けっこう多くの大人のYouTube視聴者がこのイジメ事件をくだらないと思っていたわけですが、この状況を人種差別に置き換えたとき、人種が違うからといって道で暴言吐くとか人種差別者の行動って本当に暇人しかできないことなんですよね。

実は年末にこちらの国の役所で質問をしたところ、職員が知識不足で答えられなかった事があったんですが、それで突然怒られて建物を出て行けと言われた理不尽な体験をしたのです。さすがに理不尽すぎたのでその旨を伝えたら警察を呼ばれたのですよ。30分立てこもったとかごねたならまだしも、このとき5分くらいしか経っていなかったのです。
この5分をここまで大ごとにして、あらゆる人を巻き込み、仕事を増やすというのはお遊びで働いてるのかしら?と思わずにはおられませんでした。まさに暇人のアイデアです。
なお呼ばれた警察は状況が飲み込めずにとりあえず話を聞いて帰りました。炎上事件も人種差別も巻き込まれたほうはたまったもんじゃないですけれども。

人種差別をしている人は幼稚。かかわるのも時間の無駄なので放っておこう。

こちらが最近の経験と炎上事件を見て考えた結論です。
自分の正当性が社会と切りはなされて、自分の主観のまま相手を懲らしめるという意図で攻撃するような人はだいたい考え方もかわりませんし、大人は知らない人をむやみやたらに攻撃しませんので、柔軟性の欠けた幼稚園児と思って距離をとるのが一番のような気がします。
いままで攻撃されたら反撃していたこともあったのですが、すべては無駄だったということで、今後は無視する、そしてできるだけこのような暇人が多い場所には近寄らないようにしたいと思います。イジメの多い、面倒な人間関係のある学校から転校するようなイメージです。逃げるが勝ち。



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