ケン・ローチとイギリスの新しい労働運動 : 構造的格差社会についてメモ(1)

2021年5月8日土曜日

UK


ケン・ローチの「家族を想うとき」を観賞した。

イギリスのギグエコノミーと新しい格差社会について描いているショッキングな映画だ。
その前にイギリスの労働運動について触れたいと思う。

ところでちょうどここ最近、イギリスのクリエイティブ業界の若手の間で労働問題に関する活動が活発になっていることについて書こうとしていたばかりだった。
クリエイティブ業界といえば国際的にブラックな労働環境、搾取などが横行している業界である。日本でも似たような動きがあるが、アート界の労働環境から様々な搾取、差別
不正を暴きつつ、アートやゲームをもレビューする、20代の若手美術批評デュオのWhite Pubeを筆頭に建築業界も含め若手が声を上げはじめている。

この運動を他人目線で眺めていたわけではなく、イギリスでの労働の経験者として劣悪な建築労働環境についての多くの匿名の告発を読んで、他の人もそうだったのか!と共感の材料として読んでいた。
私自身、イギリスでは嫌な思いもしてきたのだが、それが移民だったから、人種差別に基づくから辛い経験だったのかと思っていたが、ちょっと違うらしい。
もちろん、クリエイティブ業界の人種差別についての運動も現在盛んで、差別に基づく不平等な扱いも問題視されている。それと同時に建築業界を蔓延る悪い労働文化も影響を与えていたのだ。
現在私自身がフォローしているUVW-SAWという建築労働ユニオンとFuture Architects Frontという若手のArchitectural Assistantの労働環境改善を目指す労働団体の告発や労働者の経験談を見ていると移民のアジア人の私と同等レベルの経験をしている白人系イギリス人も少なくなく、ショッキングだった。体験談の例としては『数ヶ月、月に300時間労働してある日(休日)突然会社に行けなくなった。その日は友人が病欠の連絡をしてくれたが、その2日後に解雇された。』、『ビザサポートを受けている外国籍の同僚が毎日長時間残業をして突然倒れた。その日は病院に行ったのだが、次の日無理矢理出社した。病気にも関わらず出社した同僚を上司達は優れたチームプレイヤーだと称賛された。その日、彼は帰宅後に息を引き取った。その一件から勤めていた有名事務所を辞めて小さな事務所に移った。』など壮絶なものも少なくない。移民に関しては弱みを握られて搾取されている構造が報告されている。ビザサポートを受けて事務所の言いなりになっている、移民だけを雇った搾取を目的とした事務所などの問題がある。また複数似たような事例があるものとして、人員縮小のためにチームの複数名がレイオフされたのにも関わらず事務所がすぐに新しい所員を複数採用した、レイオフで解雇された自分のポジションに現在3人の新規採用者が引き継いでいる、などの人材の使い捨ての例がかなりあるようである。

このような労働運動の前に知っていたのは、イギリスにおけるクリエイティブ業界の有色人種の人々への不公平な扱いについての問題提起を行なっていた活動だった。グラスゴーを拠点とする、/Otherという団体のディスカッションに二度ほど参加した。ここでは私の味わった辛い経験を以前のように移民だから、アジア系だから仕方ないもの、乗り越えるべきものとして捉えるのではなく、不公平として捉え直す術を知った訳だが、後に上記のクリエイティブ業界の劣悪な労働文化を知って自分の特性に由来する経験だけではなかったことを知り、「自分だけが」能力不足や差別で辛い経験をしていたわけではなく、不運であれば誰でもかなりの確率で遭遇する可能性のある辛い経験だったのだということを知った。イギリスに住んでいた頃もかなり悲惨な話は幾つか聞いたことがあったのだが、特別なケースだと思い込んでいた。こうした情報がシェアされるということはとても重要だし、Future Architects Frontのように、これを不正として告発してRIBAなどに直接働きかけていくこと、改善を目指した労働運動という直接的なアクション結び付けられることは希望を感じる。自身の場合は留学生のお客様からイギリスの労働者に立ち位置が変化したこと、そして自分に権利があったという認識に結びつけることが長らくできなかったのだが、こういう認識は辛い思い、不公平などを個人の問題として終わらせないためにも重要であるし、私の場合は長らくこの経験が自身の自己評価に影響を与えてきたために、改めて解釈をし直すことは自身の自信を取り戻すための重要なプロセスであった。

そんな時に観賞したのがケン・ローチ監督の「家族を想うとき」である。
ショッキングな労働者階級の生活を描いているのだが、こんな生活が普通にありふれたイギリスで建築業界だけがハードコアなことがあるはずがない。むしろ労働者の権利が守られて人間らしく暮らせるなんてこと自体、イギリスでは高望みなのかもしれない、と感じてしまう内容だった。

続く…


*追記:久しぶりの更新にしてこのテーマ。すみません。まだヨーロッパにいます。


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